建築の手帖

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chapter 8 木の料理人(その1)

富山県のT市で、国内・国外の木材をふんだんに使うことで差別化を図っているハウスメーカーがあります。
その会社は代々製材業を営んでおりましたが、景気の後退によりこのままでは親から引き継いだ従来の経営では光が見えないと強く感じるようになりました。そこで社長さんは一念発起し、「自分で作ったものを自分でエンドユーザーに売る」つまり大工・工務店に生まれ変わることを決意しました。それから15年、従来ではクレームで返品になった木材も、自ら施主に説明し理解を得ることで「木は値段が高い」という固定概念を打ち破るローコスト住宅を作り上げました。今や年間30棟の施工実績を持つ、地元でも優良ハウスメーカーへと劇的に変貌を遂げました。施主の特徴は?と聞くと、やはり木の好きな方が大半で、自分の使いたいところに好きな木が使えるという、いわば「施主参加型住宅」が大きな売りのようです。
近年、本社の隣の5階建てビルを取得して全面大改装し、ショールーム兼多目的館にしたと知り、先日会社を訪問し社長さんにそこを案内していただきました。

建築の手帳 chapter8

その社長さんは57歳、パッと見は普通のオジサンです。しかしながら木の使い方の可能性を追求したそのビルの内装は、社長さんがすべてをイメージしたそうで、頭の中にあるスケッチを現場の職人さんが具現化したものだそうです、ですので図面も何もありません。
話を聞くと社長さんのイメージの源泉は「反骨心」だそうです。そう言われれば15年前の一大決心の後の「人々にとって世界中の木材をもっと身近なものにしたい」という社長の強い想いがここから伝わってくるように感じます。このショールームは、社長さんの理想である、「作り手の心のこもった、全て手作りの、世界中の木材をふんだんに使った、この世に一つしかない住宅」の集大成ではないでしょうか。
ビルの中に日本家屋があったり、教室があったり、バリ島でのバカンスを思わせる寝室、遊び心にあふれた、まるでテーマパークのようなそのビル、木材をふんだんに使った住宅に住みたいと考えている人にとって、足を伸ばしてでも行く価値があるように思いました。

  

chapter7 「木の持つ包容力」

私たちにとって木材は、日本の国土の約70%を森林が占めていることから、諸外国と比較してもより身近な存在であるといえます。木材の用途は様々で、建造物から燃料、船舶や楽器などに広く使われ、強度・耐久性があり、意匠的にも優れた天然資源の一つです。

環境問題がクローズアップされている現在、エコ素材でもある木を積極的に使い、森を守ろうとする潮流ができようとしています。

その中の一つの流れとして、学校整備に関して、環境に考慮したエコスクールというものが促進されています。文部科学省のホームページを開いてみると、幼稚園から高等学校に至るまでの校舎に使用する内装材として「木材等の柔らかい手触りや温かみの感じられる素材を適宜使用することが望ましい」と明記されています。特に、幼稚園においては、前文に「幼児の心を和ませ、また保育空間に家庭的な雰囲気をかもし出すため」とあります。

木が人々に与える効果は、「私達の想像を超える言葉では言い尽くせない物」なのかもしれません。

ある小学校のエコ改修プロジェクトに参加した時に、児童達の意見として「木に囲まれた生活」を望む声が多いとの報告を聞きました。
私達が思っている以上に、子ども達は敏感に温かみや柔らかさ等を感じ、望んでいることに驚かされました。

私の故郷は人口約4,000人の周りを山に囲まれた小さな町でした。
小学生当時、築50年の木造校舎は、歩けばキシキシと音を立て、戸の建て付けも悪く、雨が降れば至る所で雨漏りするという、とても古い建物でした。統廃合により建物は取り壊され、現在は鉄筋コンクリート造の校舎となってしまいましたが、帰省したときなど、ゆっくり散歩しながら昔あった校舎のそばを通ると、昔のあの古い木の校舎を懐かしく思い出されたりします。

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木は包容力のある母のような存在だと感じるときがあります。
それは、私達大人よりも子供達の方が、強く感じていることなのかもしれません。その思いに応えるために、私達は何をすべきか、子供達の立場からの視点も必要だと考えます。

  

chapter6 「スローウッド」

木のはなし第1回目でお話した新月伐採について、実際にそれを実行している木材業の方に会ってきました。新月伐採したものとそうでないものでは見た目は全く変わらないのですが、虫が付かない、カビにくい、狂いが少ない、割れが少ない=長持ちすることを様々なデータ・写真・実際の材料で説明してもらいました。

 

木は地中から養分を摂取して成長していくわけですが、木の中の養分(デンプン)が新月期は少なく、それ以外の時期に伐採した木だと、デンプンが木の中に残っていて、それに虫が集まってくるそうです。丸太に冬芽を形成し始める9月から春先までの満月から下弦の月を経て新月となる間が絶好の伐採期だそうです。

 新月伐採をするだけでなく、「葉枯らし:伐採後も枝は切り取らず木の養分を葉に吸収させつづけ、養分がなくなり葉が自然に枯れるまで待つこと」に約半年かけ人工乾燥は行っていません。天然乾燥のメリットは、歩留り(原木から製材に利用できる割合のこと)のよさや色艶、香りだけでなく、最大の利点は製材をするまでのエネルギーの使用量を格段に低く抑えることができます。

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オーストリアのチロル地方で製材・建築業を営むエルヴィン・トーマ氏により広まり、日本でも最近話題になっている新月伐採。この概念は昔からあったものの、世の中「早く」「安く」ということが当たり前となり、木を使った家作りも「ファースト」が良しとされてきました。

ですが、木材は50年100年と時間をかけゆっくり生産されたもの。

必要なときに必要なだけ木を切って、木に負担をかけないよう自然のままに乾燥させて、良質な材を作り、加工して商品にする。スローライフならぬ「スローウッド」 の時代がそこまで来ているような気がします。

  

chapter5 「森を守る間伐材」

食の安全性・流通履歴(トレーサビリティ)が叫ばれる中、自宅で野菜を作ったり花を育てたりしている方が増えているそうです。何気なくホームセンターの園芸コーナーを歩いていたら、間伐材をチップにしたものを土の代わりに使う、土ではないチップの園芸土というものを目にしました。こういうところで間伐材の有効利用がなされていることに驚きましたが、土と比較して果たしてその効果の程は?知り合いに聞いてみました。

国産スギの間伐材から特殊な加工を経て作られるこの商品は、エコマーク認定商品の許可を受けており、世に出てからまだ4~5年だそうです。

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特にマンションのベランダで野菜や花を育てる方に人気のようで、原材料は木材なので、必要が無くなったら普通の可燃ごみとして処理できること、ほのかに木の香りがすること、水やりの必要があるか一目でわかる、などが今の生活様式にマッチしているのでしょう。そもそも園芸土というのは、①栄養素(保肥力)②水(保水力)③植物を支える、すくすくと育つために欠かせない役割を果たしていますが、この木材チップから作られた園芸土は、本物の土と比較してその保水力や発育スピードの優位性は抜群だそうです。

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森では1,800㎜間隔で1ヘクタール(10,000㎡)あたり約3,000本の苗木が植林されています。建築資材などとして利用するため(用途により異なりますが)200本程残し、残りの2800本を人の手で間伐します。植林も、間伐も急斜面を登り、機械ではなく手作業で1本1本行う大変な作業です。山を遠くから見ていると分かりませんが、一歩森の中に入ると手入れされた森は太陽の光が地面に届き、下草が生え、多様な植物が共存できる状態となります。

間伐材を使うことで森を健康に保ち、培養土であれば私達に花を育て実などを収穫する楽しみを与えてくれます。こういった間伐材から生まれたものを積極的に取り入れたいものです。

  

chapter4 「気づかい・木づかい」

木はどのような用途で使われているのでしょうか。日本ですと建築物や紙などの産業用としての用途が主ですが、世界単位で見ると産業用よりも薪や炭などの燃料に使われているほうが多いそうです。

そういえば私の幼少の頃は、年の瀬になると母や祖母が正月餅を作るために朝早くからかまどでもち米を炊き、風呂は五右衛門風呂だったのでお湯がぬるくなったら薪を投入して、今のガスや電気とは違い追い炊き機能などなかったので、風呂から出る際に上蓋をするのを忘れ、よく怒られたものでした。

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それから、高度経済成長とともに石油の時代が幕を開け、生活様式も変わり、今は燃料用としての木材といえばホームセンターで見かけるバーベキュー用の炭くらいしか思い浮かびません。しかし2年前より新たに燃料として木を使い始めた花卉(かき)会社があります。冬の寒い時期に重油を使って室内の温度を暖かく保ち、花を育て、日々の出荷に対応していたのですが、2年前に石油価格高騰による収益の圧迫を避けるため、焼却炉やボイラー、導管パイプなどの設備を増強し、木を燃料とすることにしたのです。 この石油価格高等により廃業または冬場の生産をストップする同業者が数多くいた状況下での決断は、設備の投資に費用はかかったものの、ここ2シーズンの燃料代は劇的に下がったそうです。燃料は杉や桧の間伐材丸太で、月に2回トラックでの入荷があり、その丸太を短い長さに切って焼却炉に入れやすいサイズにします。 一定時毎に材料を投入しなければならない手間のかかる作業ですし、もちろん火の元にも細心の注意を払わなければなりませんが、話を聞いていても「すべてはお客様のためである」との強い思いを感じました。 今、私たちの周りの森林を保全・整備していくには間伐は欠かせないものですが、その間伐材が建築用途だけでなく、このような形で利用されていけば今よりも美しい緑に囲まれた環境を作ることにつながるのではないかと思います。   ふと、昔を思い出した話でした。

  

chapter3 「木は架け橋」

今回は駅の地下通路の内壁に地元の間伐材から作ったパネルを張ったという現場を見てきました。全長およそ240mのその通路には地元の杉が壁と天井の全面に張られていて、今まで見たことのない景色でした。そして通路を歩いてほのかに感じる木の香り、とかく地下道というとあくまで移動のためだけで無機質なものと想像しがちですが、ここは少し大げさですが、森の中を歩いているような感覚がするのです。もともと壁面には違う素材を使う予定だったらしいのですが、この町の森林を運営管理する人、建設資材を選定・調達する人、そして工事に関わる人の頭の中には「自分たちの町の資源である木材を使おう、どうにかして使い道を探そう」という強い思いが常にあったそうです。自分たちの町には資源がある。有効に使わないといけない。「タイミングが良かったから木が使われた」のではなく「必然的に木が使われた」のだと思います。

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森は木という大切な財産を提供することにより、人々に心地よさ・安らぎ・温かさをもらたす、まるで人と人をつなぐ架け橋のような、不思議だけどなぜか人々を幸せにする力がある、そう思います。そして木の生い茂った森は、人の手を借りながらこれからも生き続け、未来のために財産を作っていく。

人は木を、森を、山を敬い、

木は、森は、山は人に幸せをもたらす、

そんな時代が昔はあったのでしょう。

  

chapter2 「自然との共生」

木をふんだんに使った幼稚園があるとの噂を聞いて、実際に行ってきました。
3年前に建設されたその幼稚園は、外壁・内壁・建具・靴箱・階段など至るところに無垢材が使われていて、木材業界に携わる者から見ても圧倒されます。さらにすごいのは使っている材料だけでなく、八角形の遊戯室(吹き抜けになっていて、2階から見ると子ども達のためのコンサートホールのよう)や外の運動場は一面芝生張りになっていて、素足で園庭を駆け巡ることができたり、丸太の遊具で子ども達は体中を使って遊ぶことができます。園長先生もおっしゃっていましたが、子供たちの創造力を鍛える環境であることは間違いありません。
また自然のエネルギーを取り入れる(パッシブデザイン)設計のため風通し・日当たりは良好で、木の持つあたたかさと移り変わる季節を同時に感じることができ、まさにこれは昔の日本人にとっては当たり前であった「自然との共生」なのでしょう。

実はこの幼稚園では、新しい園舎になってから風邪などで休む園児の数が激減したとのことです。もちろん理由は環境だけではなく、園長先生をはじめ職員の方々の日々の愛情に育まれ、子供たちはのびのびと、そして健やかに、まさに木のようにすくすくと成長していくのです。
また、建物の隅々にまで行き渡る気配りは、建設に関わった全ての人たちの「子供たちのために」という思いの結晶でもあります。
たくさんの人々の強い思いがたくさん詰まった、自然に囲まれた生活は、木を見る・木に触れる・木の匂いを感じることはもちろん、「あたたかさ」「心地よさ」「安心感」を建物全体を包み込んでいるかのようです。

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現在は木を使うことが地球にやさしいと言われる時代ですが、木に囲まれた生活が当たり前だった時代はつい最近まで存在したのです。環境にやさしいから、持続可能な天然資源だから、CO2排出量が少ないから「木を使う」ことはもちろんのこと、そこで生活する人にとって一番いい環境は?と考えたときにたどりつくのが「木を使う」ことなのだと思いました。最後に園長先生の一言「園児たちが大人になって幼稚園のことを思い出してもらえればそれで幸せ」、木は人々を幸せにする力があるような気がしてなりません。

  

chapter1 「新月伐採」

数年前の話になりますが、ずっと記憶に残っている話をしたいと思います。

ある製材工場社長の話です。その社長は若くして叔父から会社を継ぐよう命じられ、それからというものの毎日無我夢中に仕事に打ち込む生活でした。 製材業であるが故に、品質の良い丸太の確保には苦心していたそうです。特に冬が終わり、丸太が水分を吸い上げ始める春から初夏にかけての伐採は、 青カビ(Blue Stain)の危険性がとても高く、間違えば全く価値の無いものとなる恐れがあります。

伐採された丸太を買うのではなく、立木の状態でオークションは開かれるため、いつ伐採すれば良いのか、そこで彼の叔父は彼に対してこう言って聞かせたそうです。 「満月から下弦の月、そして新月に至るまでの期間に伐採をするんじゃ、その間は辺材(白太)が地下から水を吸い上げないから、青カビも発生しないんだ」と。 彼はその教えを今も忠実に守っています。 日本でも「新月伐採」といって、冬場の満月から新月に至る2週間のうちに伐採した木はカビが生えにくく、虫がつきにくい、収縮が少ないなどの特性があるそうです。
潮の満ち干きは月の引力によるところが大きいと聞きますが、木の生長にも関係しているとは驚きです。

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さらに感動したのは、親戚でもある先人の教えを今も大切に守っていること、つまり先人に対する尊敬の念を常に抱き、その教えを継承していく姿勢を熱く語る彼の態度です。 普段はクールな彼が、絵を描いて事細かに説明してくれたのです。 このことから、私たちと同じ地球上の生物である「木」を大切に扱ってきた先人たちの経験は、今を生きる私たちにとって欠かせないものなのです。ちなみに、彼の跡継ぎになるであろうご子息はまだ中学生(現在インターネットに夢中)、これから木と同じように人間としての「年輪」を重ね、やがて大人になり、この会社を継ぐことになったとき、代々伝わるこの教えを継承していくのでしょう。 木が人と人とを結びつける、一度でいいから木と話をしてみたいものです。

  
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